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不安に乗っ取られないように [がんの記録]

がんの診断がはっきりして、いよいよ12日に入院、
13日に手術を受けることになったので、
周囲の、お仕事や色々な関係で影響のある人々に、
事情をお話しています。

がん、と言うと、いくら早期発見とは言え、
やはり特別な思いを持って受け止めて下さる方が多いです。

ご自分や周りの方のがんの経験を話して下さったり、
早期で良かった、とか、大丈夫だから、
と励まして下さったり、
周囲の方々の優しさがしみます。

それと同時に、これから自分が取り組む手術や治療法について、
色々なことを調べていて、
関係する本を買って読んでみたり、
ネットの情報なども見ているのですけれど、
ネットに関しては、有用な情報もたくさんあってありがたい反面、
なんだか見ているだけで不安になるような体験談があったり、
あれやこれや色々な説、色々な治療法があって、
しかもそれが日進月歩でどんどん変わっていたりもして、
どの道を進んで良いのかわからなくなってしまう・・・

そして少しナーバスな状態になってしまいました。

そんな時に、今日の礼拝のお話は、
旧約聖書創世記の、アブラハムが息子のイサクを神様に捧げるように
命じられるところが主題でした。

年取ってやっと与えられた愛息子を、
神様に生贄として捧げなさい、と言われたアブラハム、
そんな大変な状況にあって、アブラハムがしたことは、
苦しい中でも、神様を見上げる、ということだった・・・

神様を「見上げる」という言葉と、神様が道を「備えて下さる」
という言葉は、実は聖書の中では同じ言葉が使われていて、
その言葉を創世記で拾って行くと、創世記の人々は、迷ったり、
時には御心にかなわないことをしてしまったりしているのですが、
大事なところで、やっぱり神様を見上げている、
そして、見上げれば神様は必ずそこに、道を備えて下さっている・・・

そうなのですね。
私も、不安にとらわれそうになったら、神様を見上げれば良いのだ、
と思いました。

色々と調べたり、勉強したりすることは大事。
でも、神様は私にどんな治療を受けさせ、
どこへ歩みを進ませて下さるのか、最善の道を用意して下さっていて、
神様に委ねれば、そちらに導いて頂けるのです。

それ以上に、人間的な思いで、無理なことをあえてしよう、
とは思わなくて良いのだと思います。

そう思ったら、なんでも来いがん闘病ライフ♪
なのであります!
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